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100号を迎えたビッグ・イシュー


 「男の料理を始める」ことを年間目標の一つに掲げたことを2007年1月のエッセイで述べました。今年の正月、新たに定めた年間目標の一つが、「ビッグ・イシューを見かけたら買う」でした。

 ビッグ・イシューとは毎月2回発行され、街頭で売られている雑誌の名前です。ビッグ・イシュー(The Big Issue)は1991年にロンドンで誕生し、日本では2003年9月、大阪で日本版第1号が発行されました。

 日本でビッグ・イシューが発行され始めてから丁度5年が経過したことになります。そして8月上旬、記念となる第100号が発行され、私もそれを早速手にしました。

過去発行されたビッグ・イシュー
の表紙を集めた100号の表紙

仕事をすることで得られるものは

 仕事をすることで何が得られるのでしょう。米国のジョンソン博士は次の5つを挙げています。 1.金銭による報酬、2.時間管理、3.目的意識、4.ステータス、5.社会とのつながり。つまり、仕事をするということは単にお金を稼ぐことだけではないのです。

 定年退職後、収入を伴う仕事に就かなかったとしても、何かをやり遂げる、あるいは何かに熱中する事柄を持つことで少なくとも「時間管理」「目的意識」を持つことが出来ます。更にその事柄がボランティアであったとしたら「社会とのつながり」も生まれます。しかし定年後何もやることが無かったとしたらどうなるでしょう。仕事をすることで得られていた5項目すべてと無縁の生活に耐えられるでしょうか。

 団塊世代やシニアライフの動向に詳しい松本すみ子さんは「定年を迎えた男性は毎日家にいては駄目、日常的に外に出る生活スタイルを持つことが重要」と述べています。勿論、自分自身の生きがいを持つようにとの示唆もありますが、妻の時間を夫の世話からなるべく解放してあげることが夫婦円満の秘訣だからです。既に完成された妻の「友達ポートフォリオ」の侵害を避ける知恵が夫には求められるのです。

 しかし、世の中無事定年退職を迎えることが出来た人ばかりではありません。生きるためにお金を稼ぐライスワークに満足につけず日々の生活や命を心配しながら暮らしている人々も多くいます。結果として、自分の住む家や部屋を持てずに路上生活者、つまりホームレスになった人々の問題はワーキングプアの問題と重なり深刻な社会問題となっています。

 仕事をしたくとも満足した仕事が得られない状態では「生きるに十分な金銭報酬が得られず」「次第に時間管理がルーズ」となり「人生の目標を失い」「ステータスや社会とのつながりを失う」ことに行き着きます。そして人間としてのプライドや尊厳も失い兼ねません。

25歳の女性起業家の半生を聞く

 インターネットの検索欄に「アジア」「最貧国」の二文字をいれてクリックすると表示される国があります。バングラディッシュです。今から4年前、若干23歳、たった一人でこの国に渡航し、その後バングラディッシュと日本をつなぐ事業を起こした素晴らしい女性がいます。山口絵里子さんです。

 山口さんは昨年9月、彼女の半生(といってもまだ27歳)をつづった本を出版しました。そして今年2月、出版した本をテーマとした山口さんの講演を聞いたのです。会場に現れたのは、小柄で華奢(きゃしゃ)な体格のどこにでもいそうな普通の女性です。しかし、講演が始まると彼女の物語にぐいぐい引き込まれていきます。起こりえないと思われることが次々と実現していくのです。

山口さんの本(講談社)


 山口さんは、いじめが原因で小学生時代一時不登校児となりました。中学では不良仲間と一緒に荒れる生活を送っていたが柔道にめぐり合い、もちまえの負けん気で腕を磨き始めたのです。そして工業高校へ進学し、そこで何と男子柔道部への入部を願い出て猛特訓を受けることになりました。日本一になることが目標です。高校3年の時、全国大会で7位の成績をあげ(田村亮子と同じ重量クラス)、そこで柔道を卒業したのでした。

 工業高校卒業生の大半は就職していきます。そんな中、山口さんは大学進学を目指します。当時、彼女の夢は政治家になることでした。自分の不登校や不良の体験から社会や環境を変えることが必要だと漠然と考えてのことです。しかし、工業高校では大学受験に必要な数学や英語の授業を満足に受けていません。彼女の土壇場の猛勉強が始まります。政治家になるためいわゆる有名大学の入試を受けますがことごとく落ちてしまいます。しかし、最後の最後に慶応大学総合政策学部に受かったのです。面接試験で彼女の熱意が通じたのでした。

プライドを持てる仕事を創り出す

 慶応大学総合政策学部には英語が堪能な帰国子女も多く入学しています。偏差値の高い学生ばかりの中で、少しでも追いつくために入試勉強よりもがむしゃらに勉強することが求められたそうです。

 大学で出合ったテーマが「開発学」でした。開発学とは、発展途上国が先進国のような豊かな国になるための経済成長理論です。外務省が委託するODA(政府開発援助)のプロジェクトの手伝いを始めたことが切っ掛けで、国連機関の一つであるラテンアメリカ向けに援助や融資を行う米州開発銀行の夏季雇用に応募したのでした。難関の選考にパスし、ワシントンへ飛び立ちます。しかし、そこで彼女が目にしたのは援助を受ける国へ一度も行ったこともないエリートスタッフが机上の理論と裁量で物事を決めている姿でした。

 「発展途上国でいったいどんな問題が起きているのか、援助は本当に役立っているのか、貧しいという現実をこの目で見なければ何も始まらない」との思いに至ったとき、彼女はパソコンに「アジア」「最貧国」と打ちこみ検索したのでした。それから一週間後、バングラディシュ行きの航空券を手にしていたのです。

 バングラディッシュで彼女が目にしたもの、体験したことは想像を絶する生活環境でした。そして政情不安や希望を持てない社会環境の中で必死に暮らしている庶民の姿でした。山口さんは現地の実情を知るため、そしてバングラディッシュ語を学ぶため、現地の大学で2年間勉強し生活することを決断します。勿論、一銭も無駄は出来ません、家賃の安いアパートに住み治安に不安を感じながら現地の生活に溶け込んでいきます。

 そんな中、ジュート(黄麻)の世界輸出量の90%がバングラディッシュ産であることを知ったのです。ジュートの一番の用途はコーヒー豆などを入れる麻袋です。安くて丈夫が取柄(とりえ)の天然繊維です。バングラディッシュの生活環境や社会環境の実態理解が深まりつつあった時、彼女に一つのアイデアが浮かびます。ジュートを利用して作った商品を日本で販売するというものです。

 彼女は必死に思いを巡らします。安いものを売るのではない、日本の消費者が満足する品質やデザインの商品をその価値を認めていただきしっかりと対価を得るという仕組みです。商品として選択したのはバッグでした。デザインは彼女自身が描きます、材料の現地調達から裁断、加工、縫い上げ等、縫い目一つもおろそかにしない製品作りです。

 彼女の注文に応えてくれる工場探しから始まって、それこそ孤軍奮闘、悪戦苦闘の毎日が続きます。現地の人の熱意に助けられ、また現地の人の裏切りに泣かされながらも最初の商品160個を仕上げ、成田に降り立ちました。バングラディッシュに旅立ってから2年が経過していました。

 山口さんの物語はまだ終わりません。日本での販路開拓が残されていました。ここでも彼女のとことん精神が活路を見出します。飛び込みで営業に入った東急ハンズの担当者の目に留まったのです。決して値段が安いからではありません、商品のデザインと品質を評価してのことでした。

 夢の実現に大きく近づいた瞬間です。その後山口さんは自分で現地工場を立ち上げました。縫い子の経験もない現地の女性を雇い、必要な訓練を与え、相場の2倍の給与を支払っているそうです。また現地常駐の責任者には日本のスタッフと同じ給与を支払います。このことで彼らと彼らの家族の生活水準向上に大きく寄与します。それ以上に、プライドを持って仕事をする姿勢と喜びを得るのです。日本の消費者が認めた商品価値から生まれる収益がこれを可能としているのです。

 山口さんは、大学で出合った開発学とは違った、途上国の人々の生活向上とプライドを持てる仕事獲得の実践方程式を見つけたのでした。

渋谷のシモヤン

 渋谷駅南口バスロータリー、夕刻近くになると忙しく行き交うバスの乗降客やロータリーを横切る人々に混じって、片手で雑誌を高く掲げてじっと立っている一人の人物を見かけます。私がいつもビッグ・イシューを買う下谷さんことシモヤンです。

渋谷のシモヤン

今年買い求めたビッグ・イシュー


 ビッグ・イシューは一冊300円で販売されます。販売人はすべて現役のホームレスの方々です。最初、販売者はこの雑誌10冊を無料で受け取り、その売り上げを元手に、以降は140円で仕入れ300円で販売するのです。つまり160円が販売人の取り分となります。

 最初、ビッグ・イシューを買うのにはちょっと勇気が要ります。しかし今ではシモヤンとは顔なじみになりました。記念の100号を買うとき、シモヤンの写真を撮らせてもらいました。私のホームページに掲載することについて聞くと「どうぞ、どうぞ」と快諾の返事です。更に名刺を持っていますかと尋ねたら、「持ってますよ」と言って自分の名刺を差し出しました。いかにも手作りといったデザインですが、何と名前やキャッチフレーズが英語でも併記されているのです。「結構外人さんが買ってくれるのですよ」、シモヤンの説明です。

 ビッグ・イシューの収益は決して多くはありませんが、販売人にとっては大切なことは「仕事をしている」ことなのです。雑誌を買って下さるお客様との会話を通じて社会とのつながりが実感できます。販売数量を伸ばすために笑顔や挨拶は欠かせません。何より規則正しい生活サイクルが維持できます。ビッグ・イシュー販売人の当面の目標は、収益を貯め、それを元手にアパートを借り、ホームレスから脱却することです。アパートを借りることで住所が確定し、定職を求め易くなるのです。仕事に対する本人の意欲が加わることにより本格的なライスワークを得る手順をたどり始めるのです。

みんなが帰れる場所の大切さ

 山口さんは起業を思い立った時、自分が作る会社の名前と商品ブランド名に悩みました。彼女はマザー・テレサを敬愛しています。そこで「マザー」という言葉を会社名に取り込みたいと先ず考えました。彼女は毎晩自分の住むアパート前の路上で夜を過ごすホームレスの子どもたちが気に掛かっていました。「彼らにも安心できる家があったらいいのに、家かぁ・・・いい言葉だなぁ。みんなが帰れる場所。」そんなことを考えて始め、“マザー・ハウス(MOTHER HOUSE)”という名前が自分の思いにぴったりすることに気付いたのです。

 マザー・ハウスの直営1号店は入谷にあります。下町の商店街の外れにあるこじんまりした店です。3月下旬、上野に出向いた機会に立ち寄ってみました。手作り感一杯の雰囲気です。おしゃれなデザインのバッグが棚に並んでいます。ジュート本来の色に加えて赤やオレンジの色揃えもあります。実際に商品を手にとってみました。風合や素材の柔らかさが伝わってきます。決してお土産用につくられたものではないことが男性の私にも良く分かります。

 現在直営店は3箇所に増え、売り上げの増加に合わせ日本とバングラディッシュ双方のスタッフ数も順調に増加しているそうです。これからの発展が益々楽しみです。

 先進国であるはずの日本で増加しているホームレス、アジア最貧国といわれるバングラディッシュで路上生活を強いられている大勢の子どもたち、自分の住む家、みなが帰れる場所が持てる、この最低限のことが実現する社会の道のりを実現する鍵はどこにあるのでしょう。

 本人のやる気と能力の問題ではなく、社会の構造と仕組みを変えることによってのみ本当の問題解決につながるのだと山口さんは言います。社会の構造や仕組みを変えるのは国のトップの仕事です。しかし、我々個々人で出来ることもあります。このエッセイをお読み頂いた方は、ちょっぴり勇気を出して販売人を見かけたらビッグ・イシューを一冊買い求めてみて下さい。そしてマザー・ハウスで気に入ったバッグを見つけ、自分のためあるいは妻や彼女のために手に入れてみて下さい。

 隣にいた妻の声が聞こえてきました、「今年のクリスマスプレゼントはバックよね!」と。

'08.8.21  木下 利信