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ローマ人の物語


 先日、櫻井よしこさんの講演を聴く機会がありました。櫻井さんはかつて「NNN今日の出来事」のニュースキャスターを長年務め、現在もニュース番組のコメンテーターを担当するなど、女性ニュースキャスターの草分け的な存在でありながら活躍が続いています。皆さんの中には、そのソフトな語り口を覚えていらっしゃる方も多いのではないかと思います。

 語り口はソフトですが講演の中身は硬派そのものです。講演のテーマは「アジアで今何が起きているか?」です。ハワイ大学で歴史学の勉強をしただけあって日本、中国、東アジアで今後何が起きるのかを1時間半に渡って大勢のセミナー参加者に語りかけました。

中国の戦略と日本の戦略

 先月、中国の胡錦濤国家主席が来日しました。農薬入り餃子事件の真相がまだ解明されていない中の訪日でしたが、8月の北京オリンピックを成功させたい中国政府としては何としても日本の協力を得たいことが訪日の目的だったのではないかと言われていました。その後四川大地震が発生し、日本の災害援助活動も迅速に行われたことから、日中雪解けのムードが漂っている雰囲気があるのも事実です。

 櫻井さんの論点は、世界の大国を目指す中国と日本はどう付き合っていくべきか、です。自分の国をどうしたいのか、そしてその為に諸外国とどう付き合っていくのか?これらの問いにはっきりとした考えを持っているのが中国だと論じています。そして、その基本的な考えは毛沢東時代に作られたもので、今でもその考えに沿って中国の国家戦略が構築されていると述べていました。

 当初同じ共産主義で中国の固い同盟国と言われていたソビエト連邦となぜ中国は突然敵対するようになったのか?その原因となった毛沢東と当時のソビエト連邦最高指導者フルシチョフ第一書記との確執はどのようなものであったのか?これらを一つ一つたどることで中国が核武装に走った理由が明確に説明できるとしています。つまり核武装に走った当時の中国の仮想敵国はソビエト(ロシア)だったのです。

 長年中国とロシアの紛争の種であった国境の川、黒竜江(ロシア名アムール川)の国境紛争問題が2005年6月に完全解決したと世界に報道されました。1969年、川の中州の島、珍宝島(ロシア名ダマンスキー島)の領有をめぐる軍事衝突から37年後の和解です。これにより中国の軍事戦略が大きく変化したと櫻井さんは指摘しています。

 本来ならばロシアの国境に重点配備していた軍事力の重要度が低下したことから、国全体の軍事力を更に増強する狙いは無くなったはずなのが、中国の軍事力の増強スピードは弱まっていません。特に中国海軍の増強は近年目覚しいものがあります。それはなぜか?その先に尖閣列島の問題、台湾問題の解決の困難さが伺えるといいます。更には中国海軍の最終目標とされている第二列島線、即ち太平洋を米中で二分するといった戦略目標が日本に与える影響をどこまで理解し予見するかが今後の日本の対中国戦略を決定する上で重要だと締めくくりました。

ローマ人の物語を思い出す

 櫻井さんは、ソフトな語り口で歴史上の事実を淡々と述べ、そこから導き出される彼女の見解を明確に示していました。とても説得力のある説明です。今後自分なりに日中の歴史あるいはそれに韓国、台湾を加えた東アジアの歴史をもっと学ばなければならないとの思いを強く持ちました。

 櫻井さんの話を聞いていた時、もう一つ思い起こしたのが、塩野七生さんが書かれた「ローマ人の物語」でした。

 ローマ人の物語は、1992年に初巻となる「ローマは一日にしてならず」が出版されました。その後毎年一巻ずつ出版が続けられ、15巻目となる「ローマ世界の終焉」が2006年に出版されたことで完結しました。ローマ建国の年とされる紀元前753年から西ローマ帝国滅亡の年、紀元後476年までの実に1,200年を超える物語となっています。物語を書き上げるのに15年、更にその準備を含めると30年間もの期間を費やした作品だそうです。それこそ塩野さんのライフワークです。

 私がこの本に巡り合ったのは7年ほど前でした。最後の15巻を読み終えたのが昨年。そして現在再び第1巻から読み直しています。何せ7年前に読んだ内容を殆ど覚えていないからです(笑)。

 ローマ人の物語の魅力は、何といってもそのスケールです。1,200年という時間と現在のユーロ圏に匹敵する広大な領土、そしてそこに登場する多くの民族と時代時代の指導者の人間味溢れる記述です。歴史に興味をお持ちの方には是非お勧めしたい本です。

理想のリーダーユリアス・カイサル

 ローマ人の物語は、都市国家ローマが共和制へ移行し次第に発展していく様子から始まっています。中盤には有名なユリアス・カイサル(英語名ジュリアス・シーザー)が登場し、後にパクス・ロマーナ(ローマによる平和)と呼ばれる200年余り続く安定の時代の構築と維持がなぜ可能となったのかを検証し、そして終盤は帝国の基盤が次第に崩壊していく様子を多くの史実を積み重ねることでたどっています。

 ローマ人の物語には全部で50名を超える皇帝が登場します。ローマという国の基本の形や仕組みを作り、帝政への道筋を示した人物がユリアス・カイサルでした。塩野さんはユリアス・カイサル一人のために15巻の内2巻を割り当てています。自身ユリアス・カイサルの熱烈なファンであり、政治家としての理想像だと公言しています。

 実際、彼が50代半ばで暗殺されるまでの限られた人生で成し遂げたことは驚異的としか言いようがありません。将軍としてローマ軍を統率し、広大な領土の国境安定化の基礎を作り、政治家そして行政官としてその後の国家運営を決定付ける多くの改革を成し遂げています。

 ユリアス・カイサルが撒いた種を着実に育てたのが、その後の皇帝達でした。この物語では、いかに強大な国家を造り上げるかのドラマチックな話に加え、築かれた体制をいかに維持改善するか、国を預かるトップとなる皇帝の苦労話がふんだんに描かれています。皇帝は終身制ですが、皇帝の資質や力量が疑われると処刑、暗殺という形で民衆からノーを突きつけられるのですからローマの皇帝は仕事人間でないと務まらないことがよく分かります。

視点を変えると見えてくるもの

 1,200年もの長いローマの歴史を一人の人物が物語として書き切った人は塩野さんが初めてだそうです。 なぜローマ史を一人で書いたのかと聞かれ、「一人の見方で一貫しないと、歴史の複雑な現象は描き切れない。」と答えています。

 歴史の現象は複雑でも、他の民族には見られないローマ人の特質には一本筋が通っています。ローマらしい特質の一つは、日本と同じ多神教の国であったことだと塩野さんは指摘しています。ローマ時代に民衆が崇めた神様の数は30万にも及んだそうです。例えばワインの神様はバッカス、ヴィリプラカ女神という夫婦喧嘩の神様までいたそうです。日本も昔から八百万(やおよろず)の神々を敬ってきました。

 ローマ人のもう一つの特質に寛容(クレメンティア)があります。カエサルは国境紛争で打ち負かした蛮族に対し、負けを認めた敵の長を処刑するのではなく、ローマの属州となることを勧め、子弟をローマ留学に送り出し、蛮族の長にもローマの元老院資格まで与えています。これでは周辺の蛮族もローマと敵対することよりもローマと協調を図り、パクス・ロマーナの元で安定した経済発展を選択した方が得策だとなります。

 ローマの属州が更にその外の敵に攻められた時、ローマ軍は直ちに軍隊を派遣します。世界に冠たるローマ街道は、ローマ軍の迅速な移動を可能とする高速道路としてローマ軍によって造られたのです。ローマへの帰属を決めた属州の安全を守るのもローマの責務と考えたのでした。

 ローマは属州民の信仰には一切口を挟まなかったそうです。逆に属州民がローマに持ち込んだ神々もいつの間にか自分たちの神の一つに加え、結果30万もの神々のオンパレードとなったのです。征服した民族の神までローマの神々に組み入れるというのは、その神々を信じている民族の存在を認めているということにつながります。つまり、「多神教」と「寛容」が両輪となったことがローマの強みとなり、強大で安定した国家を造り上げる要因となったのです。

 ここで疑問です。日本もローマと同じ多神教の国ですが、ローマと同じように覇権国となれたでしょうか?ポイントは日本人がローマ人と同様の「寛容(クレメンティア)」を持てるかです。また同盟国を軍事力で守る意思があるのかも問われるでしょう。日本とローマ帝国との共通点は、多神教であること以外あまり無いのかも知れません。

事実を共有することがすべての始まり

 塩野七生さんのローマ人の物語も櫻井よしこさんが語る中国の国家戦略も歴史の事実を知ることの重要さを教えてくれます。しかし、国家間の論争では、両国にまたがる歴史事実そのものが共有化されないまま、いつまでたっても出口の見えない言い合いが続くことが珍しくありません。

 5,000万件の消えた年金問題の余波が残る中、突然クローズアップされた「後期高齢者医療制度問題」の騒ぎを見ていて、事実関係の確認が欠けたまま問題が一人歩きしている印象を持ちました。現役世代の6月度給与から「後期高齢者支援金」という名目で従来の健康保険料に上乗せされた形で控除額が増えたことで、初めて後期高齢者医療制度問題が現役時代を含めた全世代の問題であることに気づいた人が多かったのではないでしょうか。

 「歴史事実は共有できても歴史認識は共有できない」という言葉があります。後期高齢者医療制度問題にも同じことが言えます。「後期高齢者医療制度問題は世代を交えた高齢者の医療費負担のルールを変えること」といった事実(狙い)を共有化した上で、課題解決の考えや選択肢の評価が現役時代と高齢者とで異なって当然なのです。両者の異なる認識を理解した上、最後は政治的判断が求められるのです。

 「事実(現状と新しい制度の狙い)の説明」「世代間の課題認識、受け止め方の違い」そしてそれらをトータルに判断した「政治的選択と決断」、これらのプロセスが丁寧に国民に説明されていたら、多くの国民の問題に対する受け止め方が違った形になったかも知れません。

 ユリアス・カエサルは優れた武将であり、優れた政治家であると同時に優れた文筆家であったと言われています。歴史に残る彼の言葉はいずれも簡潔な文章ながらも人の心をつかむものでした。今でいうところの高度のコミュニケーション能力を持った人物です。日本の政治家もユリアス・カエサルからをもっと学ぶべきだという塩野さんの主張に納得です。


 '08.6.27  木下 利信