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ハロウィーンとサンシティ


 毎年10月31日はハロウィーン(Halloween)です。米国では子供たちにとって、とても楽しい行事となっています。大勢の子供たちが思い思いのコスチュームをまとい「トリック・オア・トリート(Trick or treat)」と言いながら一軒一軒近所を回り、お菓子をもらうのです。

 昨年10月、妻と二人で米国旅行に出かけました。今回も古くからの知人を訪ねての旅です。最後に立ち寄ったのはアリゾナ州フィニックスに住むある夫婦の家でした。滞在最後の日の夜、この楽しいハロウィーンに遭遇しました。

 


 しかし、この楽しい風景が見られない町がアリゾナ州に一箇所だけあるのです。

目標とする人生の先輩

 我々が訪問したアリゾナ州に住むB夫婦と知り合ったのは1974年のことです。現在、ご主人の年齢は78歳、奥様は75歳、実に30年以上のお付き合いです。今はすっかりリタイアした生活を送っていますが、ご主人は40歳代後半で技術者として働いていた会社でリストラにあい、つらい時期もありました。しかし、再就職を成し遂げ、更に仕事を続けながら好きな小型飛行機の操縦教官免許を取得したのです。

 現役を終えた後、単身赴任の形でアリゾナにアパートを借り、飛行教官の仕事に就きました。しかし奥様は友人の多い北部の町から引っ越すことはありませんでした。飛行訓練に重要なのは天候です。アリゾナ州はメキシコ国境と接する南部の州で、冬でも暖かく、殆ど雨の降らない土地ですから、多くの操縦訓練学校があるのです。

 その後、ご主人が働くフィニックスを何度か訪問しているうちに、冬でも暖かい気候の良さを奥様も気に入り、1993年フィニックスに一戸建てを購入しました。そして夏は涼しい北部の家、冬は暖かいフェニックスの家に交互に住むという生活が始まりました。北部の家は何度か訪れていましたが、南部(フィニックス)の家は今回初めての訪問です。B夫婦は我々の到着を楽しみにしてくれていました。

 75歳以降を日本では「後期高齢者」と呼びます。75歳を境に医療保険の扱いが異なる年齢です。いくら元気なセカンドステージであっても後期高齢者と呼ばれると何となく本当の“お年寄り”になったような響きがあります。

 しかし、元気なお年寄りはどこにでもいるものです。B夫婦は今でも自分で車を運転し、日常の買い物やドライブに出かけています。滞在中奥様の車を貸してくれました。車はホンダシビックです。何と17年間乗り続けているそうです。エンジン音は快調です、ご主人は今でも機械いじりが好きで、車のメンテナンスはお手の物なのです。家の修理やちょっとした家具の製作を自分でやります。パソコンやインターネットの知識は私もかないません。更に、毎朝5マイル(8km)の散歩を欠かさず、健康維持にも努力しています。

 奥様は実に家庭的な方です。料理が得意なのは勿論のこと、趣味も多彩で特にキルティングやエッグアートの腕はたいしたものです。一番大きな部屋を自分の作業部屋に作り変えてしまいました。南部の家を持ったことで友人の輪が更に広がっています。

 精神面だけでなく、金銭面でも一切子供たちに頼ることもなく、完全に自立した生活を送り、毎日充実した日々を過ごしています。私達夫婦は、このB夫婦のライフスタイルを30年以上前から拝見し、その背中を見続け、人生の先輩の良きお手本としてきました。


1960年に砂漠の中に生まれたリタイアメント・コミュニティー

 B夫婦が住んでいるフィニックス市から車で30分程のところにサンシティーという町があります。1960年に開発が始まり、その後隣にサンシティー・ウエストという名のサンシティーの姉妹となる町も完成し、今では合計6万人を超える老人が住む町となっています。

 サンシティーのコンセプトは「アクティブ・アダルト・コミュニティー」、即ち「活動的な大人の地域社会」です。サボテンが生える荒涼としたデザート(砂漠)や綿花畑だった土地に、まったく新しい町が作られたのです。今では全米で何百とあるリタイアメント・コミュニティーの先駆となった町で、依然全米一の規模をもったコミュニティーです。

 アメリカ人のセカンドステージやサードステージの暮らしに興味ある私は、B夫人のシビックをお借りし、早速サンシティー・ウエストを訪れました。先ず驚くのは、敷地が広大なことです。メイン道路から多くの枝道が分かれており、その両側に平屋建ての住居が整然と建てられています。そしてどの道路を走っていても直ぐにゴルフ場にぶつかります。殆どの家がゴルフ場を取り囲むように建てられており、10箇所近いゴルフ場があるのです。

 ここでは、大半の家のガレージに、自家用車の他にゴルフカートが置いてあります。ゴルフカートにはちゃんとナンバープレートがついています。つまりこの町ではゴルフカートで公道を堂々と走れるのです。自宅のガレージから、ものの5分も走ればゴルフ場です。そのままゴルフをプレイし、終わったらカートを運転して自宅へ戻るわけです。

 お楽しみはゴルフだけではありません。ありとあらゆるスポーツや趣味、そしてボランティアのサークルやプログラムが用意されています。サンシティー・ウエストのインフォメーションセンターで色々質問に答えてくれたのもシニアのボランティアでした。実に陽気なシニア達です。



 この町が多くのシニアに人気があるのは、冬暖かい気候(夏は猛烈な暑さです)と多くの楽しみが用意されているからだけではありません。体が思うように動かなくなった時のナーシング施設や病院が地域内に完備されていることも人気の理由です。これらに加えて税金の面でも、一般の住居地域に比べて安いこともその理由の一つになっているのです。

サンシティーの厳しい決まりごと

 サンシティーでは、同居の家族の内一人でも55歳以上であることが居住の条件です。そして、居住者全員が19歳以上であることが求められます。19歳未満の子供は3ヶ月以内の短期滞在のみ許されています。

 米国の税制でスクールタックス(学校税)というのがあります。これは土地家屋の所有者に負荷される地方税で、地域の学校運営に使われる目的税です。税額はかなりの負担になります。サンシティーには学校がありません。つまりスクールタックスが掛からないのです。この分一般の居住区に家を持つよりコストが下がることになります。

 米国の成人対象の意識調査で「老後子供と一緒に住みたいか」と聞くと「子供たちとはライフスタイルが違うので一緒に住みたいとは思わない」「会いたいときには、向こうから遊びに来るしこちらからも遊びに行くので不自由ない」というのが大半の答えだそうです。つまり、19歳以下の孫がサンシティーに滞在できる期間が3ヶ月以内というルールは極めて妥当ということになります。

 昨年、ある裁判の判決がアリゾナ州で下されました。裁判を起こしたのは、サンシティーに住む一組の老夫婦でした。老夫婦の息子夫婦は二人とも米国軍人でした。この夫婦が揃ってイラクへ派遣され、そして不幸にも二人とも戦死したのです。この若夫婦には子供がいました。老夫婦にとって孫に当たります。一瞬にして親を失った孫を老夫婦は引き取って育てることにしたのです。しかしサンシティーの居住条件がそれを許しませんでした。

 老夫婦は裁判に訴えました。しかし最高裁まで争った裁判の結果は、「19歳以下の子供を3ヶ月以上滞在させてはならない」というサンシティーの規定はどんな事情があろうと変えられないという、老夫婦にとって厳しいものでした。

自分のライフスタイルを第一に考えた選択

 B夫婦もフィニックスで家捜しを始めたとき、サンシティーも検討したそうです。しかしB夫婦の選択は、フィニックス郊外の若い家族も多く住む普通の住宅地でした。彼らは多くの同世代の友人を持っています。しかし日常の生活では、隣近所に若い世代の夫婦やその子供たちの声が聞こえ、顔が見える場所で生活することの方が自分たちにはふさわしいと判断したのです。

 両隣や道路を挟んだ家も30代、40代の家族です。多くの子供たちが住んでいる住宅地にあるB夫婦宅にお世話になったお陰で、10月31日の夜、楽しいハロウィーンを体験できたわけです。しかし、この夜サンシティーでは「トリック・オア・トリート」と言いながら住宅街を歩き回る子供は一人もいなかったのです。

 サンシティーは今でも多くのリタイア夫婦に人気の場所です。しかしB夫婦のような米国人もいるのです。どちらが良いかの比較は意味ありません、人それぞれ価値観が異なります。そして、その価値観に沿った選択が重要なのです。

 しかし、我々夫婦の結論は、B夫婦と同じ選択です。いつまで経ってもB夫婦は我々のお手本の存在であることを再認識した旅となりました。


'08.1.22  木下 利信