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合わせの文化と選択の文化


 私は会社員時代、米国に二度駐在した経験があるため、この様な質問を受けることが度々あります、「日本と米国と異なる点はどんなことですか?」

 この質問に対して、私は「日本は『合わせの文化』ですが、米国は『選択の文化』だと思います」と答えることにしています。

30数年ぶりの帰国でカルチャーショック

 我々夫婦が駐在時代に知り合った一人の日本人女性がいます。Aさんと呼ぶことにしましょう。Aさんは、中学生の時、父親の仕事の関係で渡米し、今日に至るまで45年以上アメリカに住んでいます。アメリカで学業を終え、仕事を得て、アメリカ人の伴侶を得ました。子育ても終わり、今はリタイアしたご主人と二人で暮らしています。

 Aさんが10年ほど前に日本に一時帰国しました。30数年振りに日本の地を踏んだのです。親族一同が歓迎の食事会を開いてくれた時のことが、未だに忘れられないのだそうです。

 皆が席に着くと、ウェイトレスがメニューを配り始めました。Aさんはしばし、メニューを眺め、これぞと思ったものを注文しようとした時でした、隣に席にすわった叔父が盛んに足でAさんを突くのです。Aさんは何のことかさっぱり訳が分りません。

 しばらくすると、食事会を仕切っていた伯母が、皆の分をまとめて注文し始めたのです。勿論、皆同じメニューです。Aさんは何が起きているのか一瞬目を疑ったそうです。今日の主役はAさんです。そのAさんの意向とは関係なく、ことが進んでいくのです。そして周りの皆もそれが当然といった態度です。

 外見は紛れもなく日本人ですが、長年日本を離れていたので、Aさんにはすっかり米国の生活様式が根付いています。もしアメリカでレストランに招待され、何を食べたいかと聞かれた時、自分の一番食べたいもの(食べてみたいもの)を注文するのが常識なのです。もし、「何でも良いから適当に選んで下さい」と言ったら、招待した側は何か不満があるのではないかと心配してしまいます。勿論、何を選んでよいか分からない時は、「お勧めは何ですか?」と聞くことは失礼ではありません。もっともこの場合でも、「あなたは肉が好きか、魚が好きか?」あるいは「スパイシーなものは好きか?お腹の空き具合はどうか?」と矢継ぎ早の質問攻めにあうことになります。

 Aさんは、折角の歓迎食事会を、楽しめない気分のまま終わってしまいました。

ショーアンドテルで自己主張が鍛えられる

 アメリカでは、小学校1年生のクラスにショーアンドテルという授業が毎週あります。ショー(Show)は“見せる”、そしてテル(Tell)は“語る”です。この時間になると、当番になっている子供は、自慢の一品を学校へ持参し、クラスメートに見せながら、説明するのです。持ってくるものは、好きなオモチャだったり、昆虫やペット、ガラクタとしか思えない宝物、なんでもよいのです。

 我々の息子が当番のとき持っていったものが日本の一万円札でした。夕食時、息子からその様子が報告されました。「皆は日本語が読めないけど、数字だけは分かるので一万円札をみて、一万ドルと勘違いし、“お前の家はリッチ”だとうらやましがられた」と楽しげに話してくれました。

 これは、立派なプレゼンテーションの訓練です。当番に当たった子供たちは、いかに他の子と違うものを持っていくのか知恵を絞ります。

 日本の学校で「ショーアンドテル」の授業が採用されるでしょうか?答えはノーだと思います。皆と違ったものを持っていったり、違った考えを述べることが、いじめにつながる可能性があります。また、親からクレームが出ることを先生が恐れるかも知れません。

文化の違いを互いに尊重する

 レストランの注文もショーアンドテルの有無も、日米で異なることの底にあるのが、「合わせの文化」と「選択の文化」の違いなのだと思います。

 文化とは、「ある社会において作り出され、受け継がれてきた、固有の思考・行動・生活様式の総体」と、辞書に載っています。

 社会生活を営む上で、日本では「和」がとても大事なコトとして考えられています。これは理屈ではありません。そう、日本の文化なのです。聖徳太子が制定した十七条憲法の第一条が「和の精神」です。周りを乱す言動は、強く戒められることになります。

 一方、アメリカは、自己の意見をはっきり言うことが尊重されます。朝食のトーストは普通の食パンにするのか、ライ麦パンにするのか、バターかマーガリンか、卵は1個なのか2個なのか、調理方法は目玉焼き(サニーサイドアップ)、両面焼き(ターンオーバー)、スクランブル、オムレツかを聞かれます。コーヒーか紅茶か、それらはレギュラー(カフェイン入り)かカフェインフリー(カフェインなし)か、ミルクや砂糖はいるのか・・・・。簡単な朝食がなかなか始まらない感じです(笑)。すべての選択は“あなた”が決めることが日常となっているのです。そして、あなたが決めることを私が勝手に決めることはとても失礼なことになります。

 隣国である韓国とも食事の文化は異なります。日本ではお吸い物のお椀やご飯茶碗を口元まで運んで頂くのが礼儀とされていますが、韓国では決してお椀を手で持ち上げません。必ずスプーンですくって食するそうです。これは、昔宮廷で暗殺の方法として、お椀に毒薬が塗られたことがあり、暗殺から身を守る手段として行われてきたものが庶民に普及したと言われています。現在では、お椀に毒薬を塗られる心配はないはずですが、今ではすっかり食文化として、韓国人は誰も疑問に思いません。

 それぞれの国の文化は良いことばかりではありません。日本の「合わせの文化」は、個性的な能力の発揮を押さえ込むことになり兼ねませんし、アメリカの「選択の文化」は、チームワークによる協調性を阻害することにつながりやすくなります。

文化は変えられないが習慣は変えられる

 文化と似たような言葉に習慣がありあます。習慣とは、「長い間の繰り返しで、そうすることが決まりのようになっている事柄」と辞書には書いてあります。どこが違うの、と言いたくなりますが、文化と習慣には大きな違いあります。文化はその属する民族や国ごとに持つ、固有の共有化された価値観です。一方習慣は個人一人ひとりが持つ、行動様式です。

 文化には優劣も、上下もありません。「合わせの文化」と「選択の文化」に優劣を付けることは意味ないことなのです。そして、文化の異なる人と接する場合は、相手の文化を理解し、尊重することで信頼にいたるコミュニケーションが築けるのです。

 文化には良いも、悪いもないのですが、習慣には良い習慣と悪い習慣があります。生活習慣病がその典型です。長年のカロリー摂取オーバーが肥満につながり、塩分摂取過多が高血圧につながります。しかし、習慣は変えられるのです。但し、簡単には変えられません。何せ習慣となっているからです(笑)。

 大切な習慣の一つに、何事にも感謝する、という思考・行動様式があります。「感謝の習慣」はまさしく世界共通の良い習慣と言えるのではないでしょうか。

アメリカの文化で生まれたFP

 FPはアメリカの文化の中で生まれた、比較的新しい職種です。しかし、既に多くのアメリカ人がプロのFPに相談することがライフルタイルとして定着してきています。一方、日本ではFPの認知度がなかなか上がりません。他人と違った“自分の道(ライフプラン)”を見つけることに「選択の文化」的匂いがするのかも知れません。

 日本の「合わせの文化」でカルチャーショックを受けたAさんは、その後、伯母の采配には、いろいろな配慮が有ってのことだと理解し、日本的な心にも触れて帰国しました。そして現在、古い日本の着物をアメリカのご婦人向けドレスにリメークする仕事を行うようになりました。日米の文化の橋渡しを楽しんでおられるのです。


'07.9.27  木下 利信





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