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カンボジア・ベトナムを旅して


 6月下旬、家内とカンボジア、ベトナムのツアー旅行に行ってきました。カンボジアは「アンコール遺跡」、ベトナムは「ホーチミン市」を巡る旅です。

 今回の旅行の目的は幾つかありました。「世界遺産となっているアンコールワット遺跡を見る」「ベトナム/カンボジア料理を堪能する」「ベトナムの活気を体験する」です。6月は雨季でオフシーズンのため旅行代金が安いことがこの時期を選んだ理由ですが、幸いにもスコールにあったのは一度だけで、天候にも恵まれ、いずれの目的も達成できた満足のいく旅となりました。

 カンボジアは10年前までは内戦状態でポルポト軍による自国民の大量虐殺という暗い歴史から必死で立ち直ろうとしています。またベトナムは米軍のサイゴン(現ホーチミン)撤退から丁度30年が経過し「ドイモイ(刷新)政策」を掲げ、共産主義体制でありながら市場経済による国の成長を目指しています。

 アンコールワットでは全行程、ホーチミンではオプショナルツアーで現地のガイドの案内がつきました。日本語のレベルは様々ですが、意思疎通には充分です。若いガイドは戦争の体験はないのですが30歳代以上のガイドは自分自身あるいは家族が戦争の犠牲者です。バスでの移動中彼等の体験を聞き、そしてその後遺症がまだ色濃く残っていることを知り、改めて平和な日本のありがたさを再認識しました。



 カンボジアとベトナムのガイドに共通して質問したことがあります。それは、子供達が将来なりたいこと、仕事は何ですか?学校の先生や技術者といった答えを期待していたのですが、ガイドの答えは「役人」でした。二番目の答えは異なっていましたが、カンボジアとベトナムのガイドの返事の第一番は同じだったのです。

 子供は自分が目にする世界で一番輝いているか偉そうな人をみて自分の将来をイメージします。ちなみに前回のエッセイで取り上げた「地域通貨イベント」で行ったアンケート調査では、小学生の男子は「サッカー選手」女子は「保育士」を大きくなったらなりたいことの一番に挙げていました。

 ではカンボジアとベトナムでは何で「役人」が子供達に“人気”があるのでしょう。カンボジアのガイドの中で一番日本語が上手だった32歳のチャンさんは、学校の先生を辞め2年間日本語の勉強をしてガイドに転職しました。理由は収入の差です。先生の月収は50米ドル(約5,800円)で、生活は苦しかったそうです。それに比べると旅行会社からの報酬に加えて旅行者からのチップが期待できるガイドの収入は遙かに高収入です。



 役人の給与水準が先生に比べて高いかどうかは分かりませんが、そうです「袖(そで)の下」があるのです。政府の高官は外国からの援助に絡んでの“報酬”が噂されており、街の役人や警官も袖の下を庶民から受け取ることが日常となっているのです。これは「慣習」のせいだけとは言えません、法律や規則の整備が遅れ役人の個人裁量が大きいことも原因だと言われています。それが日常化しているため、このことを子供達も自然と見聞しているのでしょう。

 昭和20年の終戦後、日本は奇跡的な復興を遂げました。日本人の勤勉性がその原動力となったことは言うまでもありませんが、復興に向けて役人も「袖の下」を庶民に求めることなくそれぞれの立場で仕事を成し遂げた要素も無視できないと思います。(最も、現在は「天下り」が問題となっていますが)

 今回訪れた二つの国は、今の平和が続く限り今後の経済発展が期待されている国です。しかし、最大の問題(リスク)は民間企業を経営できる人材の欠如と言われています。戦争や内乱で国の発展に一番必要な年代層を多く失ったからです。その問題を解決するのは今の子供達が国の中核をなす年代に成長した時でしょう。その時に「袖の下」が昔話になっていてくれることを願いたい気持ちです。

 家内と話した今回の旅行の目的がもう一つありました。それは旅行先の「ローカル経済に貢献する」です。成田を発つ前に大量の1ドル紙幣に両替し、買い物では値切り交渉を堂々とやりつつ、感謝する行為に対して気前良くチップを手渡すことで、全ての予算を使い切っての帰国となりました。

'06.7.10  木下 利信




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